便利屋AIAIの事件簿⑵~こくぞうさま鯛平(たいへい)ダルマ消失事件~ 山崎丹生

便利

屋AIAIの事件簿⑵~こくぞうさま鯛平(たいへい)ダルマ消失事件~


駐車場として指定されている校庭に軽自動車を停めると、札所 巡(ふだしょ めぐる)は後部座席のドアを開けた。
「ひとりで降りられますか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
品の良い声で返事をして、海老茶のコートを着た小柄な老婦人が巡の手を取り、軽自動車を降りる。
一月十二日、午後。虚空蔵禅寺近くの小学校でのことである。
巡は便利屋AIAIでバイトを始めてひと月近くが経過していた。年末年始は個人の家庭や中小企業の大掃除の手伝いの依頼で忙殺されたが、最近は個人単位の小さな頼まれごとが増えている。今回の依頼もそのひとつで、毎年虚空蔵尊の縁日に参加している家庭が、今年に限って用事で家族で出かけられなくなり、信心深い祖母だけでもお参りに向かわせようと便利屋AIAIに付き添いの依頼をしてきたのである。
老婦人――桜城(さくらぎ)みつ代は六十九歳で、やや脚が悪いことを除けば健康ではつらつとした女性である。だが『脚が悪い』ことは単独で虚空蔵尊に参るには致命的に不利なことだ。虚空蔵尊の入口から境内に至るまでの三階分はあろうかという長い階段を登るには、彼女は付き添いが欠かせないのであった。
「ごめんなさいね。離れて暮らす孫が私と同じ丑年なものだから、どうしてもここのお守りをあげたくてねぇ」
虚空蔵尊は十二支の丑・寅年の守り本尊である。
「へぇ。僕も丑年ですよ。そういえば、毎年祖母からここのお守りをもらうなぁ」
巡はみつ代の歩くペースに合わせてゆっくり歩を進めながら、相槌を打った。
虚空蔵尊は秩父では『こくぞうさま』という通称で知られている。毎年一月十二・十三日の縁日ではダルマ市が開かれ、お宝と呼ばれる縁起物も多く売られる。大勢の参拝客でにぎわう縁日なのだが、今時の若者の巡は祭りといえば近所の神社の祭りと秩父夜祭くらいにしか行かないから、『こくぞうさま』に来たのは初めてだった。祖母の廻音(かのん)が一月半ばになると「こくぞうさまに行ってきた」と言ってはお守りをくれるが、それは虚空蔵尊が丑年の守り神だったからなのか。
小学校から歩いて、虚空蔵尊へと続く道に出ると、様々な出店と人波がふたりを出迎えた。
わたあめ、たこ焼き、射的、お好み焼き、からあげ、くじびき、りんごあめ、バナナチョコといったお祭りには必ずある出店はもちろん、正月らしくおみくじを売っている店や、お宝と呼ばれる華やかな縁起物をつるしている店も多くある。
「どこか寄りたいお店はありますか?」
巡が気を利かせると、
「帰りにたこ焼きをみんなに買っていってあげたいわねぇ」
みつ代がにこにこして言った。
「じゃあ、おいしそうなたこ焼き屋を見つけながら行きましょうか」
巡は言って、みつ代のペースに合わせてまた歩き始める。
彼は三世代同居の家で育ったので、祖父母の世代の老人と接するのは慣れているのだった。

人波は思ったより早く流れ、ふたりを虚空蔵尊まで押し進めていった。
「桜城さん、ペースが速くないですか? 少し休みますか?」
「大丈夫よ。でも、確かにいつもより人が多いわねぇ。どうしてかしら」
みつ代は首をかしげながら、人波の速さに合わせて虚空蔵尊の入り口をくぐった。
巡はみつ代をさりげなく人の流れから外しながら、ゆっくりと階段を上った。触るか触らないかくらいの位置で肩に手を当て、そっとみつ代の行く方向を誘導し、背中で人波を押し返しながら階段の端を登っていく。
休み休み、ゆっくり時間をかけて登ったが、それでも、最上段まで付くとみつ代はすっかり疲れ果てて「ちょっと休憩させてちょうだい」と境内の隅で座り込んでしまった。
境内ではダルマ市が開かれていて、大小さまざまのダルマがつやつやとした朱色を太陽の光に映えさせていた。店主の威勢のいいかけ声が境内に響き、ダルマは次々売れていく。
「盛況ですね」
巡が言うと、みつ代は巡の視線を追って、にこにこと頷いた。
「今年は、珍しいダルマが売っていると息子が言っていたわ。秩父出身の落語家で、咖喱屋 鯛平(かれいや たいへい)さんという方がいるのはご存知?」
巡は頷いた。
咖喱屋鯛平といえば、国民的人気番組『○点』にも出演している秩父出身の芸能人の出世頭である。巡は秩父出身の芸能人といえば、彼と、いつも映画でエッヂのきいた役を演じている俳優の藤原○也しか知らない。
「彼をモデルにしたダルマがあるんですって。オレンジ色で、目がぎょろっとしていて、かわいらしいデザインだそうよ」
巡は(ダルマなんだから目がぎょろっとしているのは当たり前じゃないだろうか)と思ったが、口には出さずに「そうなんですか」と頷いた。
(だから人出が増えたんですかな?)
「そろそろ行きましょうか。手を貸してくださる?」
みつ代がすっとごく自然に手を差し出したので、巡も彼女に従った。品の良さというのはいつのまにか人を従えてしまうものだ。巡のような庶民出身者は、特に。
みつ代を連れて境内の並ぶ列になんとか入り込むと、巡はまた彼女を周囲の人波からガードすることに精を出した。はた目から見ると祖母思いの孫に映ったことだろう。実際、今一緒にいるのは実の祖母でない、というだけで、その印象はあながち間違っていない。巡は両親が共働きだったので、いわゆるおばあちゃん子として育ったのだ。
「あれ、鯛平ダルマじゃない?」
「思ったより高いなー」
不意に隣に並ぶカップルの会話が耳に入って、巡は列の隙間からダルマ市の店のほうを覗いた。
ダルマが並ぶ店の真ん中、少し高く段が盛られたところに、オレンジ色のおどけた顔をしたダルマがちょこんと乗せられていた。確かに、目がぎょろっとしていて、かわいらしいデザインである。
巡はダルマの下に置かれた値札を見て、愕然とした。
(さ、三万?)
せいぜいこぶし大のダルマなのに、なぜそんな高値なのか。
巡はしばらくダルマを観察し、了解した。
よくよく見ると、鯛平ダルマは金色の着物にきらきら光る帯などを召している。あれはおそらく本物の金箔や宝石なのだろう。それに、見当たる鯛平ダルマは一個だけ。つまり、限定生産品でプレミアがついているのだ。
(あんな無防備に置いておいて平気なのかな)
疑問に思ったが、気づくと賽銭箱があれよあれよと巡とみつ代の前に迫ってきていたので、巡はすばやくお参りをした。賽銭の五円は自腹である。上司で便利屋AIAI所長の草鞋からは「別に札所くんまでお参りする必要はない」と言われていたが、ここまで来た以上、気持ちの問題なのである。

お参りが住むと、社務所にてお守りを買うのが次のミッションである。
ここもまた行列がすごい。
しかし、お参りの列に比べればまだましである。
みつ代も人波に慣れてきたと見えて、のんびり列に並んでいる。
ふと、みつ代が尋ねた。
「札所さんは、お付き合いしている女性はいるの?」
「へ? いいいいや、いないですヨ?」
思わず声が上ずったのは、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったからである。
巡は年相応に人並みの恋愛というものをしているが、年相応にシャイで不器用なので、年相応に恋人がいなかった。百六十二センチという低身長がコンプレックスだったし、愛嬌があると言われたことはあっても一回もイケメンと言われたことのない顔もコンプレックスだった。何より、自分のぽっちゃり体形が恋愛には向いていないと思い込んでいた。
「そうなの。優しいのにねぇ」
みつ代は意外そうに言うと、悲しそうにうつむいた。
巡は何か声をかけようとしたが、なんと声をかけてよいかわからないまま、みつ代がお守りを買う番になった。
「交通安全のお守りを三つと、安産祈願をひとつと、学業成就と……」
みつ代は買うお守りをあらかじめ決めていたのか、すらすらと注文していく。
巡は自分の祖母もこうして、当然のように巡を頭数に入れてお守りを毎年買っているのだろうかと、胸が熱くなった。
結局九つのお守りを購入して、ふたりは少し休憩しようと本堂の裏手の人通りの少ないところへ行った。本堂の土台のコンクリートにみつ代を座らせ、巡は大木を囲っている柵に腰を預ける。
「何か飲み物を買ってきましょうか?」
「大丈夫よ。持ってきてるから」
みつ代はのんびり言うと、持っていた巾着袋から小さなペットボトルを取り出して口にした。
ラベルと中身の色が合っていないから、おそらくペットボトルを再利用しているのだろう。
みつ代は生活に困っているようにはとても見えない身なりだが、それでも、ペットボトルを再利用してしまう性質が身についている。
巡はつくづく世代の差というものを思った。果たして平成生まれの自分に、このような節約精神は身についているのだろうか。
ふと視線を柵の中に落とせば、そこには空き缶やペットボトル、お菓子の袋やクレープを巻いていたであろう紙、りんごあめの残骸などが草に紛れて転がっている。境内にゴミ箱が設置されていないからと、誰かしらが捨てていったのだろう。
巡自身は、こうしたごみを捨てていく人間の方が身近に感じる。しかし、世の中にはみつ代のような、ごみを境内に捨てるなど思いもよらない人間も確実にいるのだ。
「札所さん、どうぞ」
みつ代はペットボトルをしまうと、先ほど買ったお守りを入れた袋の中から、交通安全のお守りをひとつ取り出して、巡に手渡した。
「今日のお礼です」
「い、いや。今日の依頼はちゃんと息子さんから代金をいただいていますし、桜城さんがあらためてお礼を下さる必要は」
「ほんの気持ちですから。どうぞもらってください」
にこにことみつ代は言う。
ものがお守りだけに、突っ返すのも悪い気がして、巡は礼を言って受け取った。
「すいません。大事にします」
「帰りもよろしくお願いね」
みつ代は丁寧にお辞儀をする。その白髪頭のつむじを見て、巡は何とも言えない居心地の悪さを味わった。自分はそこまで礼を言われることをしているだろうか?
その時、みつ代と巡の脇を誰かが走り去った。ちょうど巡が立っていた柵の脇をカーブするように走り去ったため、巡はその人物とまともにぶつかって、尻もちをついた。
直後、
「待て泥棒! 鯛平ダルマを返せ!」
鬼のような形相をしたダルマ市の店主のひとりが飛び込んできて、周囲を見回したかと思うと、巡の胸ぐらをつかんでゆすり上げた。
「お前、鯛平ダルマをどこにやった!」
「ええ?」
混乱する巡をよそに、店主はぶんぶんと彼の胸ぐらを振り回す。
「お前が盗んだんだろ、この青いジャケット、間違いねぇ!」
どうやら濡れぎぬを着せられている、と巡が気づくまで、あと数秒の時間がかかるのであった。

ダルマ市の店主の話によると、数分前、青いジャケットの若者が店頭の鯛平ダルマに近づいたかと思うと、あっという間に懐に抱えてこちらの方へ逃げてきた、というのである。
その若者は小柄でぽっちゃり、ちょうど巡と似たような体形をしていた。そして同じような青いジャケット。逃げた方向といい、巡が犯人で間違いない。彼はそう主張するのであった。
「待ってちょうだい。札所さんはずっとあたしとここでしゃべっていたのよ。札所さんが犯人のわけないでしょう」
みつ代が巡をかばって反論してくれたが、店主は孫可愛さの嘘と決めつけて相手にしない。
「年寄りが偉そうにかばうんじゃねぇよ。どうせ孫が可愛くて見逃してるに決まってらぁ。そら、さっさと荷物出せ、鯛平ダルマ返せ!」
耳に響くキンキン声で店主が威張ると、周囲の人々が何事かと近寄ってきて、あっという間に巡とみつ代は窮地に立たされてしまった。
「ほら、ダルマなんか持ってないだろ!」
巡は自分の腰に巻いていたウェストポーチの中身を地にばらまいた。
もともと荷物は多くない。
スマートフォン、AIAI連絡用のガラケー、運転免許証に小銭入れ、ハンカチ。
片手で足りるそれらの荷物に、店主は一瞬勢いがそがれたが、すぐにみつ代の巾着を指さした。
「じゃ、じゃああっちの婆ぁの荷物だ! あっちに入ってるにちげぇねぇ!」
みつ代が巾着をかばって、
「そんなことないよ!」
と主張しても、店主は聞かない。
「おら、見せろ!」
とみつ代から巾着を奪おうとして――巡が思わず腕に力を込めた、その時。
「待ちたまえ。か弱いお年寄りから荷物を奪うなど言語道断。この騒ぎ、私が収めよう」
江戸時代の奉行みたいなセリフを口にして割って入ってきたのは、便利屋AIAI所長、
草鞋 勝也(わらじ かつや)だった。

便利屋AIAI所長・草鞋勝也について巡が知っていることといえば、年齢三十四歳、身長百八十センチ越えの長身でやせ型、ジーンズと灰色のセーターを好んで身に付け、冬の外出の時は黒いコート。顔はサルのアイアイに似ていて耳がでかくてぎょろ目。長い手足を持て余しているかのように不器用に使うが、案外力持ち。そして見た目によらず博識で、年齢不相応に機械音痴でまともに携帯電話が扱えない。
事務の釈氏 奈津子(しゃくし なつこ)曰く、『基本的に善良で無害な探偵オタク』。
――そう、探偵オタク。
奈津子によると、便利屋AIAIの前身は草鞋探偵事務所だったらしい。しかし、あまりにも依頼が来ないので、便利屋に鞍替えしてなんとか糊口をしのいでいるとか。
(これって、とんでもなく頼りない探偵じゃないか?)
草鞋のプロフィールを思い出し巡はそう思った。
しかし、ここで頼りになる人物が現れたのは心強いことだった。
少なくとも、登場のタイミングは願ってもないナイスタイミングである。
だが。
「所長、どうしてここに?」
巡の素朴な疑問に、草鞋は目に見えて視線を横にずらした。
「ど、どうしてって、それはだな。事務所の責任者として、所員がトラブルに巻き込まれているんじゃないかという天のお告げを受けて――」
科学と論理を武器とする探偵が天のお告げなんていう単語を使っていいものだろうか。
「本当は?」
巡の追及に、草鞋はあっさりと白旗を上げた。
「桜城さんのご家族から、お参りの後に桜城さんを送るのは自宅じゃなく娘さんのお宅にしてほしいと連絡を受けてな……。しかし、奈津子くんは休みだし、私の技術では娘さんのお宅の地図を札所くんのケータイに送るのはできなくて……ならば直接伝えようと……」
「住所をメールで送ってもらえれば、僕のスマホの地図アプリで検索して地図が出ますよ」
「……」
草鞋はにっこりと地蔵菩薩のような笑みを浮かべた。
巡は了解した。
「僕の言うことの意味が分からないんですね?」
「うちのアルバイトは優秀で助かる」
「所長のIT音痴が劇的にひどいだけです」
巡は草鞋のドヤ顔に無性にむかむかしたが、一応助けに入ってもらっている立場なので文句を言うのは自重した。
「おいおい、さっきから黙ってりゃべらべらと。どう騒ぎを収めようってんだよ、兄ちゃんは」
先ほどから聞くに、江戸べらんめぇ口調の強い店主である。出身は東京の下町だろうか。
草鞋は自分のはるか下にある店主のつむじを眺めながら、
「とりあえず、タイヘイダルマとやらの特徴と、犯人の逃げたコースを教えてもらいたい」
にんまりと、自信ありげに情報提供を求めた。

「ふぅむ。ということは、犯人はこの斜面を駆け登ったわけか……?」
草鞋は顎に片手を当てて、大木の後ろの急斜面を覗き込んだ。
本堂の裏手はそのまま山を登る道に続いていて、道の先は道路に通じている。
道は山の急斜面を削った格好になっている上、舗装もされていないので、ダルマを抱えたまま走り抜けるのは難しそうだった。
草鞋のもの説いたげな視線を受けて、巡は記憶を遡る。
自分にぶつかった後、走り抜けていった人影はどこへ向かったか?
確か柵の枠のカーブに合わせるかのように人影は走ってきて、まともに巡とぶつかったのだ。そして、はじかれたかのように柵から離れて……。
「バランスを崩しながら、この道を進んでいった気がします。その直後に店主が僕につかみかかってきて」
巡の証言に、店主が声を荒げた。
「嘘を言うんじゃねぇよ! なんでそんなみょうちきりんな逃げ方をする奴がいる! だったら、柵に近づいたりせずまっすぐこの道を逃げればいいだろう!」
巡は言い返そうと口を開いたが、草鞋に制止されて口をつぐんだ。
「彼の指摘は正しい。なぜ、犯人は柵に近づく必要があったのか……」
草鞋につられて巡は柵の中を眺めた。先ほどと大差ない。
下草に紛れて、雑多な多くのごみが捨てられている。クレープの包み紙、甘酒が入っていたであろう紙コップ、赤いセロファンに包まれたままのりんごあめ、空いた缶ビール、竹串、ペットボトルの蓋……。
縁日の関係者だろうか、人ごみからごみ袋を持った男が抜け出て、柵の中のごみを回収し始めた。
ふいに、つ、と草鞋が空中に右の人差し指を突き出した。
「所長?」
「店主殿、仮に札所くんが青いジャケットを着ておらず、他のダルマを盗んだと思しき人間がこの坂道を駆け抜けていったとしたら、追いつく自信はあったかね?」
店主は自慢そうに腕を組んで答えた。
「あったね。こう見えても休日は登山で鍛えてるんだ。多少坂道を駆け上るくらい、どうってことねぇよ」
草鞋は空中に突き出している指をもう一本増やした。
「では、店主殿。仮にその人物を捕まえたとして、その人物がダルマを持っていなかったとしたら、どうしたね?」
店主は質問の意図が読めないのか困惑した様子だったが、
「そりゃあ……謝って他のとこでダルマを探すよ」
と答えた。
草鞋の指がもう一本増える。
「他のところ、とは?」
「えぇ~と。どこだ……?」
草鞋は店主の困惑を見て取ると、「知っているかね?」とドヤ顔を決めた。
「年季の入ったスリ師は、いったん犯行を犯すと、すぐに現金だけを財布から抜き出して、証拠となる財布そのものはさっさと捨ててしまうそうだ。いつまでも証拠を身に付けていては危ないからな。これは、このダルマ消失事件でも同じだと思わないかね?」
唐突な話題に周囲がぽかんとしていると、草鞋は「たとえば」と言って、柵の中のごみを指した。
「逃げる途中の犯人が、ダルマを持ったまま店主に捕まっては危ないと即断して、ダルマをこのごみの中に紛れ込ませたとしたら、どうかね? わざわざ犯人が柵に近づく理由にならないか?」
巡と店主が気づいて、同時にある物体に目をやった。
ごみの中にダルマを紛れ込ますといえば、それしかなかったからだ。
ある物体は、今まさに、縁日の関係者と思われる男が拾って、ごみ袋に入れようとしているところだった。
「たとえば、今まさにそこの彼が拾っている、セロファンに包まれたりんごあめ。……大きさといい形状といい、ダルマにぴったりだが、その中身は、本当にりんごあめかな?」
草鞋のセリフが終わるか終わらないかのタイミングで、店主はあっという間に男を取り押さえ、彼の手からセロファンに包まれたりんごあめらしきものを奪い取った。
赤いセロファンを開くと、中からオレンジ色のダルマが顔を出す。
「あった。鯛平ダルマだ!」
店主は歓喜の声を上げた。
「逃げる途中でいったんごみに紛れ込ませて、後からごみとともに回収する手はずだったんだな。アイデアそのものは、悪くない」
草鞋はうんうんと頷き、鼻の穴を広げている。
巡は草鞋が心の中で続けているであろうセリフを容易に想像できた。
(『しかし私という名探偵がこの場にいたこと、それだけが計算外だったな』……!)
巡が白けた表情で草鞋を見ていると、ちょいちょいと服の裾が引っ張られるのに気づいた。見れば、みつ代が涙のにじんだ顔で巡を見上げている。
「桜城さん。大丈夫ですか? もう安心ですよ」
「良かったわぁ。札所さんの疑いが晴れて。お宅の所長さんは、名探偵ねぇ」
嬉しそうに笑うみつ代に、巡は、どうしても否定の言葉を言うことができなかった。

後日。
便利屋AIAIで事務を担当している釈氏奈津子は、事務所のソファで依頼人・桜城みつ代からのお礼状を前に「ひああああ」とすっとんきょうな声を上げる札所巡を目撃した。
「どうしたの、札所くん?」
後ろから近づくと、巡は真っ赤な顔で、
「さ、さ、桜城さんがお孫さんを紹介してくれるっていうんです。きっとお似合いだから、よかったら会ってみないかって……!」
「へぇ。お孫さんって、おいくつなの?」
奈津子の疑問に、巡は一瞬考え、
「確か、僕と同じ丑年とおっしゃってたから、同い年じゃないかと」
「あら、いいわねぇ」
奈津子も笑顔になった。
お礼状の封筒には写真が同封されているようだ。
巡はドキドキしながら、封筒から写真を取り出した。
「……」
「……確かに、丑年に当たる年齢ね」
写真を見て、巡は目が点になり、奈津子は巡の得た情報は間違いではないと認めた。
得た情報は間違いではない。予測が間違っていただけだ。
写真には、ランドセルを背負った十歳前後の利発そうな少女が笑顔で映っていた。

(おわり)