便利屋AIAIの事件簿⑹〜秩父芝桜・ストールの行方〜

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1「めぐちゃん、おれソフトクリーム食べたい!」

乗ってきた巡のバイクからするりと降りると、甥の礼門(れいもん)はさっそくおやつをリクエストしてきた。大学生の札所巡(ふだしょ・めぐる)は礼門からバイクのヘルメットを受け取りながら、「芝桜を見た後で買うよ。花より団子だな」と苦笑する。

ここは芝桜の絶景で有名な秩父・羊山公園の駐車場である。ゴールデンウィーク最終日の今日、巡は五歳の甥を連れて、芝桜と、芝桜会場の隣で開かれている秩父の物産市を覗きに来た。バイト先の便利屋AIAIが知人の和菓子店から饅頭売りの店番を頼まれているので、観光ついでに様子を見に来たのだ。

看板の道順に沿って進み、記念に配られている入場券代わりの芝桜の写真入り絵葉書を受け取って芝桜会場に入ると、満開のピンクの芝桜……ではなく、青々とした緑色の芝桜の広がりが巡と礼門を出迎えた。ピンクや白の芝桜はところどころに少し咲いているのが見えるが、全体として既に花盛りを過ぎている。巡は昨日の夕方、芝桜を見に行くつもりだ、と言った時の義姉の反応を思い出した。

「今年はゴールデンウィーク前に満開の時期が過ぎちゃったから、今見に行ってもあんまり……なのよね。毎年入場料を取ってたのが今年は無料になったくらいだし。でも、秩父物産市はにぎわってるみたい。そうだ、明日は来夢(らいむ)の髪を切りに行く予定だから、その間、礼門をお願いできない?」

ゴールデンウィークの間中、休みなく子どもたちの相手をさせられたせいで、兄と両親は疲れ切っていた。祖父母も連日の暑さに弱っていて、ひ孫の面倒を見られるほどの体力はなさそうだ。

ここは家族の中で一番体力のある自分の出番であろう。巡はそう思って義姉の頼みを引き受けたが、広場に出たテンションでさっそく走り出した礼門の背中を見て、早々に自信を失いかけた。

「めぐちゃん、ここ咲いてる!」

礼門はピンクの芝桜がまだ咲いている箇所を見つけて立ち止まり、巡に向かって手を振った。太陽は容赦なく照り付け、日焼け止めクリームを塗った肌をじりじり焼く。巡は青々とした芝桜の葉が、じわじわ伸びているような錯覚にとらわれた。芝桜の間の小路は赤土がすっかり乾いて風に舞い上がっている。

やっと礼門に追いついて巡は芝桜のピンクの花を眺めたが、水分を失って今にも干からびそうだった。管理者が入場料を無料にするのもわかる気がする。これでお金を取るのは申し訳ない。

巡が息を吐いて芝桜会場を見渡すと、それでも思ったより大勢の人々が芝桜を見に来ているのがわかった。満開時には無論及ばないが、家族連れ、カップル、若者の集団、老夫婦、小型犬連れなど、多くの人が芝桜の間の小路を歩いている。日傘を差して歩くワンピース姿の女性など、それなりに絵になる風情ではある。

「あ、あっち、いっぱい咲いてる!」

礼門が芝桜会場の一角を指さした。おそらく山陰で日差しが悪く、満開になるのが遅れたのであろう。比較的花の多く残っている部分が人を集めていた。

少しでも満開の花の中で写真に写りたいのか、皆、しゃがんで姿勢を低くし、写る花の面積を小さくしてカメラに写っている。カメラといっても大部分はスマートフォンだ。しかし、中には一眼レフなど本格的なカメラを持った者もいる。

「レモンも一枚撮るか?」

巡は甥に問いかけたが、写真に興味のない甥は「やだ!」の一言で断った。

「めぐちゃん、もうお花はいいからソフトクリーム食べようよ。あと、アスレチック行きたい!」

甥の直接的な要求に巡は思わず笑ってしまった。

「よし、あっちから一周して物産市に行こう。ソフトクリーム買ってやるよ」

 

2 物産市は義姉の言った通りにぎわっていた。

円形の広場の円周上に飲食コーナーと土産物コーナーが分かれて並んでおり、地面は芝生だ。

飲食コーナーは焼きそば、かき氷、ジュース、ビール、フランクフルトにおにぎりと軽食の露店が並び、こちらは家族連れが多い。

一方、土産物コーナーは生そば、漬物、豚肉の味噌漬け、数々の秩父銘菓、秩父のマスコットキャラクターのグッズなどの露店が並び、客は老若男女世代を問わず盛況だった。

「おれ、イチゴミックス!」

「抹茶ミックスでお願いします」

入口近くの軽食売り場でソフトクリームをそれぞれ購入すると、巡と礼門は物産市を見て回った。

さすがに地元民なので土産物を買う気はないが、見るだけでもなかなか楽しいものだ。

巡は並ぶ店の中に便利屋AIAIの面々を探したが、混んでいるのか見知った顔を見つけることができなかった。

「あれ、何か落ちてる」

ソフトクリームを食べ終わり、ごみ箱に紙くずを捨てに行った礼門が、不意にしゃがみこんだので、巡はびっくりした。

「こら、人ごみでしゃがんだら危ないって……」

注意しかけて、礼門が手に取った桜色の布に目を奪われる。

「……綺麗だな。ストール、かな。落とし物か」

掌に載せると、軽い手触りでひんやりとして、高級な品であることがわかる。

「どうしよう、めぐちゃん」

「とりあえず、物産市の受付に届けよう。落とし物係みたいなのがあるだろう」

巡は円形広場の入り口にパンフレットや絵葉書などをそろえたテントがあったのを思い出して、言った。

その時。

「あっ。そのストールは私のものです」

上品な女性の声がした。

振り向けば、ポロシャツにチノパン、スニーカーというハイキング向けの格好をした七十代くらいの老婦人が困った顔で立っていた。ウェストポーチに肩掛けのバッグ、土産物のレジ袋を持っていて、見るからに観光客だ。眉が垂れて目が細く、頬がふっくらしていて、どこか福の神を連想させる。体つきはほっそりしているのに、引き締まっているようには見えなかった。

「私の娘が妻に母の日にプレゼントしたものです。見つかってよかった」

女性の後ろから同年代くらいの老人が顔を出して言った。彼も妻と似たような顔立ちで、同じようなハイキング向けの格好。両手に土産物のレジ袋を持っている。袋の形状からして、中身はしゃくし菜の漬物だろう。

ふたりともその年代には珍しく、巡よりも背が高い(巡が年の割に背が低いのもある)。

「レモン、それ、このおばあちゃんのだって」

巡は妙な圧迫感を感じながらも、老婦人にストールを渡すよう、礼門に促した。

しかし、

「あーっ、それ、私の!」

全く別人の声がその行為を押しとどめた。

その人物は脇からさっとストールをかすめ取り、礼門と老婦人をきっと交互に睨んで、

「これ私のだから! 勝手に渡さないで!」

と文句を言う。

巡はすっかり面食らって、その人物をじろじろ見た。

その人物は巡よりも小柄な女性で、派手なピンクのワンピースを着て、先の細いミュールを履いていた。荷物は財布しか入りそうにない小さなハンドバッグひとつ。色白で、美人よりの顔立ちなのだが、目と眉が吊り上がっていてせっかくの顔立ちを台無しにしている。彼女はつんざく鳥のようなキンキン声で主張した。

「せっかく服に合わせていいストールしてきたのに、どうして他の人に取られなきゃいけないワケ? やめてよね!」

ぎろり、と女性ににらまれて、礼門は怯えて巡の後ろに隠れてしまった。太ももに縋り付いて、「めぐちゃ〜ん」と叔父を見上げる。

巡はすっかり困ってしまった。心情的には上品で穏やかそうな老夫婦のストールだとトラブルになりにくそうでありがたいが、このストールが小柄な女性のものではないとは言い切れない。

ストールは薄く手触りの良い布でできており、上品な桜色で、どの年代の女性でも好んで身に付ける可能性はありそうだった。

「あの、申し訳ありませんが、他のストールとお間違えではないでしょうか。これは私のストールで……」

老婦人が女性の持つ桜色のストールの端をもって穏やかな抗議をする。

「間違えるわけないじゃん、私、このストールすっごい気に入ってるんだから。今日も芝桜見に行くならぜったいこのストールって思って……」

小柄な女性はしかし抗議をものともせず、ストールが自分のものだと主張する。

このままではらちが明かない。

(こういう時は……)

巡の頭の中にある人物が浮かんだ。

ある動物によく似た彼は、巡の頭の中で気障なポーズを取り、言った。

「どうやらトラブルのようですね。手をお貸ししましょうか?」

 

3 現実の声に巡が声を出した当人に目を向けると、そこには気障なポージングをした、白い麻のスーツを身につけた茶髪の若い男が立っていた。

「私は名探偵・鳥居旺一郎(とりい・おういちろう)と申します。以後、お見知りおきを」

「いや、誰?!」

巡は盛大にひとりツッコんだ。

「ここは所長が来るところじゃないの? 『名探偵・草鞋勝也です』って自己紹介して、『何この人……』って周囲にドン引かれるところではないの?」

「おやおや少年よ。この世に名探偵などそうそういるものではないですよ。今ここで起こっている事件に名探偵は私一人で十分。ご安心召され」

「『ご安心召され』って、そもそも名探偵が必要な事件ってほどでもないですよ? っていうか少年じゃねーし!」

巡の魂のツッコミは青い空に吸い込まれて消えていった。

周囲がドン引いているのはむしろ彼の急激に上がったテンションである。

「おにーちゃん、名探偵なの?」

好奇心に負けたのか、巡の後ろから礼門が出てきて鳥居という男に尋ねた。

「そうですよ、少年。鳥居旺一郎は名探偵なのです」

鳥居はわざわざしゃがみ込んで礼門と視線を合わせ、ウィンクした。

子ども目線で会話するあたり、悪い人間ではなさそうである(しかし危ない人間でないという確証はない)。

「じゃあ、とりいさんは、オウムオウムなの?」

「は?」

鳥居は(おそらく彼にはめったにないことだろうが)呆気にとられた表情をした。

輝く目で礼門がした質問の意味が分かったのは、その場では巡だけだったろう。

巡のバイト先、便利屋AIAIの所長・草鞋勝也(わらじ・かつや)は猿のアイアイに似ているのである。便利屋AIAIの名前の由来はそれで、その件を巡の家族は皆知っている。そして礼門にとって、名探偵といえばいろいろあってどうしたものか所長の草鞋なのである。

つまり、名探偵イコール草鞋イコールAIAI(猿のアイアイ)。

それを踏まえて鳥居の容姿を見ると……。

茶髪の髪の毛は緩やかなウェーブがかかりオウムの頭のふわふわを連想させないこともない。

瞳は大きく黒目がちで、これまたオウム(以下略)。

顔に比して大きな口は唇も大きくクチバシを連想させないこともない。

総じて、鳥居はオウム似である。

「くっ……」

巡は思わず口を押えた。笑い声を出さないためである。子どもの正直な感想は時に大人の腹部を痛める(いろいろな意味で)。

「……あ、ほんとだ。マジ名探偵じゃん、この人」

小柄な女性がスマートフォンから顔を上げて言った。どうやら鳥居の名前で検索をかけたらしい。彼女は巡や老婦人にスマートフォンの画面を見せて、言った。

「池袋のカフェ・鳴丹亭(めいたんてい)のウェイターでよろず相談事承ります……。鳴丹亭ではほかにもさまざまなタイプの名探偵がウェイター・ウェイトレスとして在籍しており、数多くのトラブルを解決しております……」

画面上では鳥居をはじめとして数人の男女が決めポーズとともに自己アピールを表示していた。

(なんだこの”名探偵”の大安売り……)

巡は内心呆れたが、小柄な女性はそうとは思わなかったらしい。

「すごい! じゃあお兄さん、このストールが私のものだって証明してよ!」

「それが真実ならばぜひ」

鳥居はすっとモデルのような立ち姿をとると、自然な動作で小柄な女性からストールを受け取り、詳細を観察し始めた。

「ふむ……。結構新しいストールですね。elegantでchicな素晴らしい織物だ。折り目もないし皺も少ない。……お嬢さんがた、あなたはこのストールをどのように身につけていましたか?」

無駄にいい発音で鳥居はストールを褒めた。小柄な女性はともかく老婦人の方は自分が『お嬢さん』と呼ばれたことに違和感があったようだが、それも目立たせないほど自然に鳥居は彼女らから証言をとっていった。鳥居の、このように周囲を自分のマイペースに引きずり込む手腕は草鞋と同等といっていいだろう。

「私はこのストール、首にこう軽くかけてただけだよ。一本のひもみたいにだらーんって」

小柄な女性がストールを首にかけるしぐさをする。マフラーのように巻いていたわけではなく、ネックレスのように自分の首にかけていただけのようだ。

「私も同じようにかけていました。今日は暑いし、なるべく接触面を減らしたくて」

老婦人も証言する。

「同じように身につけていたら、こう着ていたからこの折り目ができた、という理屈でどちらのストールだと決めることもできませんね」

巡が早くも推理ごっこに飽きてどこかへ行ってしまいそうな礼門を引き留めながら言った。

「ふむ。君はなかなか鋭いことを言いますね、少年」

「だから少年じゃないって……」

「おや、ストールの端に赤土がついていますね。ごく微量だが、間違いない」

「あ、ほんとだ」

そこで鳥居は真実を見抜いたのかにやりと笑った。

「わかりました。このストールは……ピンクのワンピースのお嬢さん。あなたのものです」

 

4 「ど、どうしてですか?」

老婦人が取り乱して鳥居に尋ねた。

「それは娘が私にプレゼントしてくれたストールです……!」

「しかし、このストールには赤土がついているのです、ミレディ」

鳥居は気取った調子で人差し指を振る。

「この羊山公園付近で赤土があるのはどこでしょう」

鳥居はそこで大きく手を振り、芝桜会場を指し示そうとして、背後にいたブタの着ぐるみに腕をぶつけた。サンドイッチマンよろしく胴体に『スリ・置き引き・車上荒らしに注意!』と書かれたポスターを身に付け、手には試食用のお菓子の入ったかごを持っている珍妙な着ぐるみだが、それ以上に珍妙な存在の鳥居はあまりそれを気にしなかった。

「そう、芝桜会場の小路です。今日は乾燥していますから、軽くストールが地面に触れただけでも赤土がつくでしょうね」

鳥居は視線を自分の持つストールに戻し、

「では、芝桜会場のどこで首にかけていたストールに赤土がつくか? 一か所だけあります。山陰になったため開花が遅れて、芝桜が今満開になっている一角、誰もがしゃがんで記念写真を撮っていたあの一角です」

鳥居は持っていたストールを小柄な女性の首にかけ、その長さを手で示した。

「彼女は小柄ですから、ストールをこのように首にかけたまましゃがむと、ストールの端が地面についてしまいます。赤土はこの時ついた。一方、もし大柄なミレディがこのストールとしていたとすると、しゃがんだとしても——」

鳥居はストールを小柄な女性から老婦人にかけなおした。体の大きさが違うので、ストールはウエストのあたりで長さが途切れ、しゃがんでも地面につくことはなさそうだった。

「このように。また、ミレディの場合はウェストポーチや肩掛けバッグのベルトがストールを挟んで固定するので、その点でもストールの先がふらふらして地面につくことはなさそうですね」

鳥居は言い終わると、満足げにほほ笑んだ。

老婦人は何も言い返せずがっくりと肩を落とした。我慢できない様子なのは彼女の夫だ。

「いいや。思い出したが、妻は弁当を食べるとき一度ストールを外して、それにうちの犬がじゃれついて赤土の上に落としている。きっとその時汚れたんだ!」

「ほう?」

鳥居はおどけた顔で相槌を打った。そういう顔をするとますますオウムに似ている。

「なるほど。今は犬はお連れではないようですが、その犬は今どこに?」

「買い物をするために車に置いてきてるんだ。何ならいますぐ連れてきて——」

「ねぇ!」

小柄な女性が強引に会話に割って入った。

「このストールは私のものってわかったでしょ? 私もう帰るからね!」

小柄な女性は老婦人が肩にかけたままにしているストールを無理やり奪おうとし、老婦人がとっさにストールを握りしめたので、奪い合いのような様相になってしまった。

「ちょっと、離してよ!」

「嫌よ、これは娘が……!」

「……見ていられないな」

静かな声が意外な方角から響いて、一同の視線はそこへ集中した。

皆の視線を受けたブタの着ぐるみは、手に持っていた試食用のお菓子のかごを近くのテーブルに置くと、ゆっくりとブタの頭部を外した。

「そんな中途半端な推理では、名探偵は名乗れない」

渋い台詞とともに登場したのは、便利屋AIAI所長、草鞋勝也のサル顔だった。

巡は余りの衝撃に声も出せずにツッコんだ。

(えっ……何コレびっくり動物園?)

 

5 「所長……何をやっているんですか」

巡の問いに、草鞋は着ぐるみを着たまま器用にふんぞり返った。

「見ての通り、秩父味噌ポテト饅頭の試食販売ブタだ」

「そんな試食販売員みたいな自然なノリで」

「このブタの着ぐるみのモデルは甲山(※本名:甲山岳史こうざん・たけし。草鞋の友人で味噌ポテト饅頭の生みの親)のペットでミニブタのポテトちゃんでな。ジャガイモの体にブタの目と鼻と尻尾をつけた斬新なデザインが一部のマニアにウケて……」

「流れるように着ぐるみの解説しないでください。今、話に割って入ったのはそのためじゃないでしょう」

巡の冷静なツッコミに、草鞋は当初の目的を思い出したのかキメ顔を作り直して腕を組んだ(が、着ぐるみのため手が届かなかった)。

「そうだ。その程度の推理で名探偵を名乗るとは片腹痛い。事件の舞台が秩父である限り、この秩父の名探偵、草鞋勝也が解決して見せよう」

(ずいぶん局地的な名探偵だな……!)

巡は内心ツッコんだ。

巡が思い当たる限り、草鞋のことを名探偵と評しているのは秩父でも一〇人に満たないが、細かいことは指摘しない。

「へぇ、これはこれは、名探偵対決ときましたか!」

突然現れた自称・秩父の名探偵を忌避するでもなく、むしろワクワクした調子で鳥居は草鞋を受け入れた。

「これはさながらアルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメ、いや、金田一耕助対明智小五郎かな?」

探偵ものには全く詳しくない巡だが、この比喩が世界的、あるいは日本を代表する大御所の名を借りて実際の数千倍に誇張しているのはわかる。

「いや、それは大げさすぎるな」

草鞋はあっさりそれを指摘した。

「このストールの持ち主が君の推理通りピンクのワンピースのお嬢さんかどうかは、推理するまでもなく、彼女に証拠写真を見せてもらえば済むことだ」

「……え?」

突然名指しされて、小柄な女性はびくりと体を震わせた。

「鳥居くんの推理通り君が芝桜の前で記念写真を撮ったのなら、その写真を見せてくれたまえ。一緒にストールも写っているだろう」

なるほど。そう言われれば確かにそうである。

巡は思わず鳥居を見た。鳩ならぬ、オウムが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「しゃ、写真は……」

小柄な女性は草鞋の要求に、なぜか目を逸らした。

「私のスマホで撮ったんじゃないし。友達に撮ってもらって」

「では、ご友人に写真を送ってもらってくれないだろうか。最近はアポロとかですぐ転送できるんだろう」

鳥居が首を傾げた。

「アポロ?」

「本人はアプリのつもりで言っていると思います」

巡はそう説明した。草鞋は今時あり得ないほどのIT音痴なのである。

「そ、その友達とは今持ってるスマホでつながってないから! 今連絡取れないし!」

「連絡が取れない?」

小柄な女性の主張に、草鞋の片眉が上がった。

「ではあなたは、ご友人とはぐれたのかね?」

女性は声を張り上げた。

「そうよ!」

草鞋は目を細める。

「ご友人とはぐれたのに、相手を探しもせずにストールにこだわっている?」

小柄な女性がぐっと言葉に詰まる。

草鞋は女性の足元を見た。

「西武秩父駅から羊山公園まで来るには三〇〜四〇分は歩く。そのミュールで歩いてきたとは思えないから、交通手段は車で間違いない。ご友人は駐車場付近であなたを待っているかもしれないな。行きましょうか」

草鞋が歩きかけると、小柄な女性は悲壮な声を上げた。

「待って!」

草鞋は女性を振り返ると、「それだ」と指摘した。

「先ほどもあなたはこの方のご主人が犬を連れに駐車場に行こうとすると彼を止めた。どうやら、駐車場に行かれたくないご事情があるようだ。」

草鞋はそこで、身に付けたままのブタの着ぐるみの胴体部分に巻き付けたポスターの文字を指さした。

車上荒らし。

「目的はこれだね?」

小柄な女性がストールを手から離して、がっくりとうなだれた。

 

6 「犬を車内に置いていくときって、換気のために窓を細く開けていくことが多いじゃないですか。そこから特殊な工具を入れて鍵を開ける車上荒らしが流行っているらしくて。あの夫婦は身なりもよかったし、犬は人懐こくて吠えないし、それで芝桜会場で目をつけられたらしいですね。あの女性は時間稼ぎのために夫婦を引き留めておく役割だったそうですよ」

数日後の便利屋AIAIの事務所である。

パソコンの前で何やらうなっている事務員の奈津子に、巡は先日の事件の詳細を教えていた。

「あの鳥居って人も、所長が事件を解決したと分かった途端に『地方にもあっぱれな名探偵がいるものですね』ってあっさり帰っちゃったし、人騒がせな人でしたね。あ、奈津子さんは店番で見てないんでしたっけ」

「今見てるわよ……」

恨めし気にパソコン画面を見つめる奈津子の様子に鬼気迫るものを感じ、巡は彼女の後ろからパソコン画面をのぞき込んだ。

「あ、カフェ鳴丹亭のホームページですか。……求人情報?」

「時給が思っていた以上に高いわ。私込みでウチの所長も雇ってくれないかしら」

奈津子の本気としか思えない呟きに、巡は焦った。

「それって便利屋AIAI閉鎖ってことですか?」

「……所長がウェイターの格好で接客業……」

奈津子は巡の問いが聞こえていないのか、草鞋のウェイター姿を想像している様子だ。

「これは……名探偵が好きなサル顔マニアにウケる!」

「ニッチな層のさらにニッチを狙ってどうするんですか」

巡は呆れた。

「それにウェイターって、所長が顔出しで接客業できるんですか?」

「うっ」

奈津子は苦い顔をした。

草鞋の笑顔は威嚇した猿に似ているため、接客業に向いていないとAIAI内で見なされているのだ。

「じゃあどうしたら……」

「諦めて、地道に便利屋をやっていきましょうよ」

巡の言葉に奈津子はパソコンのキーボードの上に突っ伏した。

その時、電子音がして、パソコンにメールが届いたことを知らせた。

「あら、依頼かしら。……カフェ鳴丹亭から?」

慌ててメールを開くと、そこには鳥居旺一郎からの推薦で、草鞋勝也を探偵兼ウェイターとしてスカウトしたい旨の文章が綴られていた。

「ウソ……」

「嘘だろ……?」

各々異なる気持ちで二人は文面を読み進めていったが、最後の一文に、ふたりは同時に噴き出した。

『……なお、勤務中は物産市でお召しになっていたという着ぐるみの着用をお願いいたします。』

(おわり)